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あゆみ

平成16年6月
午前6時2分 初めてぴょんに出逢えた日。
陣痛は二人目ということもあり、あれ?こんなもんだった?と思うほど楽に感じた。途中で寝そうになったぐらいだ。8時間の陣痛後、無事に産まれる。元気な女の子だ!やっと会えたー♪ずっと会いたかったよぉ。スヤスヤよく眠る子だった。ほっておけば4時間も5時間も寝てるので、無理やり起こして母乳を飲ませる。
 出産2日後ぐらいのこと。夜中におっぱいをあげて寝るまで抱いていようと子守唄を歌っていると、急にぴょんの顔が歪んだ。泣かないまま。まるで右上に引っ張られてるように。口もひんまがってる。恐ろしくなったのでナースステーションに駆け込んだが、その頃には戻ってた。
んー。なんだったのかな?次の日、先生に伝えたが「そうー。面白い顔をしてみせたのかぁ」で終わった。
今、思えばあの時SOSを発していたのかもしれない・・・後悔。
先生がそう言うのなら気にすることもないのか・・と4日目に退院。

退院後もよく眠るのは変わっていない。眠り姫のようだ。おっぱいより眠る子だったので体重がなかなか増えない。
それでも段々本領発揮していき、序所に平均体重まで増えていく。
 一ヶ月もならないうちに、ぴょんは寝返りをうちそうなぐらい体を反るようになった。すごい!すごい!家族で喜んだ。この子は成長が早いのね。写真をパチリ☆後にこの写真が貴重な情報になることも知らず・・・
一ヶ月検診異常なし♪そして私たちは、実家を離れ自宅に戻る。

 それから、よく飲みよく眠りスクスク大きくなっていく。
でも、結局寝返りが出来たのは7ヶ月。うーん。ちょっと遅いなぁ。

 
平成17年1月27日(7ヶ月)
初めてのけいれん
その日は突然やって来た!朝、遅めの朝食中。なんだかボーとしている。声をかけても反応がない。ストンと力が抜けてグニャっとなる。
これはおかしい!!ひきつける!上の子も熱性痙攣の経験があるので、なんとなくそう思ったのかもしれない。慌てて床に寝かすとすぐに体が硬直しだした。両手を曲げ足をつっぱり、左上に黒目が入り込んでいる。上の子の時に発作の時間を医師に聞かれ答えられなかったので、すぐに時間をはかり始める。一分で治まった。急いで熱を計る。36.5度。あれ?熱がない・・・今から上がるのかな?
 とにかく救急車で病院に行った。血液検査、髄液検査異常なし。
結局熱も出ないままだ。やっぱり医師に無熱性のけいれんはおかしいと言われる。前日に軽い下痢をしていた。下痢でもけいれんを起こすことがあるという知識はあったので医師に伝えた。すぐにお腹のレントゲンを撮ったが、けいれんが出るほどの下痢ではないと診断される。
 そうなると、てんかんの疑いがあるので4日後に脳波検査の予約を入れ帰宅となった。
 息子の時もそうだった。熱はあったが、2回けいれんしたのでてんかんを疑われ脳波をとった。異常なかった。
兄妹は似るんだなーぐらいしか思わなかった。その後絶望することになるとは予想もしてなかった。

平成17年1月31日(4日後)
脳波検査。眠り薬を飲み30分間の脳波をとる。
結果、「スパイクがみられますね。てんかんの可能性が高いです」
スパイク?てんかん?まさかー。
「もし、もう一度けいれんがあったら治療を始めます」
けいれんがなければ、治療しなくていいってことね。別にショック!ってほどなく診察を後にした私だったが、駐車場につく頃には震えていた。てんかん・・・お兄ちゃんが疑われたときに少しは調べたことがある。大変なことになった。ヤバイ!運転できない。帰り道をほとんど覚えていない。

帰り着いてすぐに調べ始めた。てんかん協会にも、違う病院にも電話した。そこで知ったのは、治療つまりてんかん薬は風邪薬のようなものではないこと。脳の興奮を抑える薬であること。副作用があること。飲み始めたら簡単に止められないこと。だった。
私は薬に先入観と偏見を持ってしまった。薬がどれだけ大切なものなのか知る前に・・・

平成17年2月1日(翌日)
主人とぴょんはお風呂に入っていた。
お風呂から主人が叫んでいるのが聞こえる。石鹸なかったかな?
見ると、ぴょんが主人に抱かれてグニャリとなっている。呼びかけてみるとニヤ〜と笑う。反応あるのか?ないのか?とにかくお風呂からあげることに。バスタオルでくるんだ途端、けいれんが始まる。
てんかんだ・・・血の気が引いていくのが分かった。2分で治まった。
救急車で病院へ。
やはり治療を進められる。しかし、薬に抵抗のあった私たちは医師に何度も何度も質問をした。たまたま2回ひきつけたが、3度目はないかもしれない。こんな赤ちゃんに脳に関連する薬を飲ませたら、発達に影響してくるのではないか?どうにか服薬を避ける方法はないのか?
今考えると甘かった・・・服薬せず、けいれんが頻発するほうが発達に影響してくることを何度も説明される。どっちがぴょんにとっていいのか、考えた。服薬しよう、仕方ない。
いつから服薬スタートするのか詳しい話はせず、とりあえず帰宅することになった。

平成17年2月2日(翌日)
朝からボーとしていて、反応がない。ほとんど笑わない。
いやな予感がしたので病院へ。そのまま入院となる。
翌日から服薬開始。フェノバールを処方された。一週間の入院となる。MRI検査異常なし。再度の脳波検査では、立派な?てんかん波が出ていた。が、血中濃度がよかったので退院となる。しかし・・・

平成17年2月10日(退院翌日)
朝、目覚めると大量に嘔吐。同時にひどい下痢をする。
この繰り返しでフェノバールを飲んでも吐く。病院に行くが一旦帰宅させられる。

翌日になっても状況は変わっていなかったので、再度入院になる。
お腹と顔に小さな発疹があるのが気になった。
退院してすぐに入院。この頃になると、看護師さんとも仲良くなり、入院している子供たちのママさんたちとも友達になっていた。
病棟はナースステーションを境に大きく二つに区切られている。
ぴょんの病室は4人部屋。ぜんそくやアトピーの子たちが多かった。
毎日賑やかだった。保護者の完全付き添いだったのでママさんたちとも24時間一緒にいる。必然的に色んな話をする。それが唯一の気晴らしだった。ナースステーションよりあっち側は重病患者なんだって。噂で聞いた。

気になっていた発疹が段々ひどくなり体中に出た。ひどくなりすぎて、もはや発疹ではなく体中が真っ赤に腫れ上がっている!!なんだこれ?
医師に薬疹かもしれないと言われる。
発疹は治まる気配がない。熱も出てきた。フェノバール一旦中止になる。大丈夫かなー?

私は疑い深い性格ではないけれど、この頃には医師が100%正しい診断をするとは思わなくなっていた。母親が一番の主治医だと思っていた。そして、どの病院を選び、どの医師に診てもらい、どんな治療をするのか。責任は親にある。特に子供が小さいうちは。そう思うようになった。
だから、疑問や思ったことは先生がどう思うかなんてお構いなしにバンバン言う。毎朝の回診には、いつもノートにしたためた質問を片っ端からした。薬剤師まで呼んで、フェノバールがいつできたのか?副作用の詳細、飲み合わせ、食べ合わせを聞いた。うるさい親だと思われたのは間違いない。
さらに、主治医の見解が妥当なのか、入院している病院からてんかんで有名な他の病院に電話して確かめていた。し・しつこすぎる・・・
そんなことしか出来なかったのだ。本当はぴょんと変わってやりたかった。
そんな私だから、もちろんセカンドオピニオンのことも考えていた。
※セカンドオピニオン→第二の病院を受診し、できなかった検査をしたり、主治医に見落としがないか?同じ見解か?確認するためのもの。転院ではなく、あくまでサポート的なもの・・・と私は思っている。

主治医に相談すると快く紹介状を書いてくださった。脳波とMRIの検査結果も持ち出していいとのこと。感謝!!
入院中だったが、状態が落ち着いているので外出扱いで大学病院に行く。脳神経を専門とする県内では有名な先生だった。検査結果、やはり異常なし。主治医と治療方針の見解も同じだと言われホッとした。
発疹は薬疹の可能性が高いので、フェノバールではなく違う薬を考えたほうがいいかもしれないと言われた。

そして翌日、史上最悪の日がやって来る・・・
午前7時。小さな声でぴょんが泣いた。そしてけいれんが始まる。
一分で治まる。かと思ったらまたけいれん。これも一分。
発作後また笑ってた。口はモグモグ食いしばる感じ。
服薬を中止したから出てしまったのかもしれない。どうしたらいいの?
 お昼にダイアップを入れる。お兄ちゃんの時も持ち歩いていた、けいれんを比較的高い確率で抑える座薬だ。ただ効力時間が短い。
とりあえずは大丈夫だ・・・甘かった。
 夕方、またけいれん!!なんで???ダイアップ入れたのに。これも効かないってこと?そんな!どうしたら止められるの??
ナースコールする。
一分経過。あれ?いつもだいたい治まるのに。
二分経過。顔面が真っ青になる。呼吸をしてない!
三分経過。看護師さんたちが慌て始める。医師も駆けつけた。
「酸素ボンベ持ってきて!」「吸引機準備!」「カテーテル急いで!」
ぴょんの顔は青ではなく黒に近くなっている。
「先生。このまま止まらなかったら死ぬんですか?」蚊の泣くような声で聞いた。「その可能性もあります」
四分経過。
「いやあぁーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
私は叫びながらその場に倒れた。すぐにぴょんのけいれんが止まった。
「お母さん。大丈夫ですよ。治まりました!」その後はよく覚えていない。

エスクレを入れる。ダイアップより短時間で効力を発揮するが持続時間も短い座薬をお守り変わるに入れる。
しばらくして救急外来にいた主治医が駆けつけた。
先生!助けてください!そんな気持ちで先生の顔を見た。
「お母さん。今度けいれんが出たらもう止められないかもしれない。」
「止められないと、どうなるんですか?」
「重責になります」→長時間けいれんし続けること
「重責になったらどうするんですか?」
「一旦、脳の働きを停止する注射を打つしかないです」
ぴょんは重責に耐えられないかもしれない。呼吸をしていないんだから。5分呼吸が止まったら脳に大きな障害が出るってテレビで言ってた。さっき4分。今度は5分かも。脳の働きを止める?絶対、発達が遅れるじゃない!ぴょん、死んじゃうの??
そんな事を多分一瞬で考えた。
私は突然、窒息感に襲われ息が出来なくなった。苦しくて苦しくて病院を走り始める。グルグル・グルグル。何かを叫びながら。
夢なんじゃない?夢なら覚めてほしい。そして壁に頭を打ち付けた。何度も何度も。主治医がどこかに電話しているのが見えた。私に注射を打つように看護師さんが指示をしているのが聞こえた。
あぁ、私は気が狂ってしまったんだ・・・と思った。
その時、病室で友達になったママたちが私を抱きしめてくれた。
「大丈夫。大丈夫。」少し息が出来るようになった。

夜、第二選択の薬、デパケンの服用。
主治医曰く、薬疹がひどいうちに他の薬を服用すると心臓に大きな負担がかかるらしい。覚悟してください。それでも試す価値はあります。どうしますか?と聞かれた。
覚悟?何の覚悟?怖くて聞けない・・・
でも、今度けいれんしたら間違いなく重責だ。それより呼吸停止で死ぬかもしれない。
「お願いします」 
お願い!ぴょん!どうか頑張って!!
小さなぴょんの体に大きな心電図が取り付けられ、服薬が始まった。
そして、病室が変わった。ナースステーションよりあっち側。
今までの賑やかな病室とは打って変わって、シーンと静まり返っている。時々やってくる看護師さんの足音か機会音だけだ。
ぴょんのベットにも酸素ボンベ・吸引機・カテーテルが用意された。
時々ぴょんの心電図が警告音を発する。その度に私の心臓もギューと締め付けられる。看護師さんが駆けつけては、機会のボタンをピッと押して戻っていく。大丈夫なのかなー。                    


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